水と緑と暮らしのネットワーク アクアプラネット通信
 
 
 
水量増加運動に住民の力を結集
第1話 上流域
 筑後川は、最大流量と最小流量の差(河況係数)が国内でも2番目に大きく、「暴れ川」と同時に「やせ川」という2つの顔を持っています。上流部を「三隈川」と呼ぶ大分県日田市では、住民を巻き込んでの「水量増加運動」が展開されました。99年に九州電力柳又水刀発電所(日田市)の水利権が30年ぶりに更新されるのを機に、日田市と大山町の住民が動き出すきっかけとなりました。
 
 ■日田市民が4万人署名
 92年に
 
幻のヒナモロコを小学生が発見
第2話 中流域
 筑後川流域には、かつて多くのヒナモロコが生息していたそうです。ヒナモロコはコイ科に属し、体長6〜7センチメートルの小型の淡水魚です。日本では、福岡・佐賀両県の平野部のごく一部でしか確認されておらず、環境庁の絶滅危惧種に指定されいます。朝鮮半島から中国大陸にかけて広く分布していることから、氷河期に九州北部が朝鮮半島を介してアジア大陸と陸続きだったことを示す魚の一種とも考えられています。
 
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源流と下流の子どもたちが交流
第3話 下流域
 筑後川が有明海に注ぐ河口左岸の福岡県柳川市は、川によって作られた海抜0〜3メートルの平野に位置しています。有明海の干満による潮位差が7メートルに達するため、平野の用水を利用できないという、水に恵まれない土地でした。雨が降っても排水ができないので、潮が引くまでどこかに溜めておかなければなりません。そこで、先人たちは水路に「貯水」しながら町を作っていったのです。
 
 ■水を循環利用する智恵
 一方
 
「筑紫次郎」とも呼ばれる筑後川は、板東太郎(利根川)、吉野三郎(吉野川)と並ぶ「暴れ川」の一つ。全長143キロ、流域面積2860平方キロメートルの九州一の大河は、源流を阿蘇外輪山と九重連山に求め、熊本、大分、福岡、佐賀4県の12市37町7村を流れ下り、有明海へ注いでいます。流域に暮らす人々は、洪水と渇水に苦しみながらも、川を中心とした産業や文化を育て、独自の風土を培ってきました。そんな筑後川の素顔と流域の人々の水との取り組みを、お伝えします。 筑後川流域物語